自由エネルギー原理に対する私の今の認識

自由エネルギー原理とはイギリスの脳科学者カール・フリストンが2006年から提唱している、脳科学における原理です。


私が自由エネルギー原理というものの存在を知ったのは、去年の5月で、乾 敏郎、阪口 豊 著の「自由エネルギー原理入門: 知覚・行動・コミュニケーションの計算理論」に出会った時のことです。

脳の機能に対して、生理学的な記述ではなく数式による記述がなされていたことと、その数式がディープラーニング関係のものとはまた異なった未知の内容だったことに衝撃を受けました。


その後この本を読んでいったのですが、数式の導出方法が分からなかったり、記述に疑問が多々出てきたり、してきました。その悪戦苦闘はまだ続いています。


そこで頭を整理するために、今までわかったことや、疑問に思ったことについてブログに書いてみようと思いました。以下は、現時点における私の「自由エネルギー原理」に対する認識です。

自由エネルギー原理における「自由エネルギー」という言葉は、熱力学における自由エネルギーとは、ほとんど関係がない

自由エネルギー原理の発想の源の一つに、19世紀ドイツの物理学者にして生理学者であったヘルムホルツが提唱した「知覚とは無意識的推論である」という考えがありますが、同じヘルムホルツが熱力学の分野においてヘルムホルツの自由エネルギーという量を提唱しています。このヘルムホルツの自由エネルギーFの式

F=U-TS

と似た式がフリストンの理論に登場するので、フリストンがそれを自由エネルギーと名付け、脳は自由エネルギーを減少させるように働く、そしてその原理によって、知覚、学習、運動指令、感情の発生、行動の選択、などを説明出来る、と主張しています。しかし、私にはその式がヘルムホルツの自由エネルギーの式に似ているとはあまり思えません。


彼が自由エネルギー(正確には変分自由エネルギー)と呼んでいるFは、次の式で表されます。

F=\displaystyle\int q(x)\log \left( \frac{q(x)}{p(x, s)} \right) dx

この式が上の式に似ていることを主張する理由があるのですが、その理由が私には説得的ではありません。この点は、別途、書いていきたいと思います。

自由エネルギー原理は、単なるフィードバック原理を難しい言葉で語っているように思える

これは「自由エネルギー原理入門: 知覚・行動・コミュニケーションの計算理論」の式展開を追っていかないと、ちゃんとした説明が出来ないのですが、自由エネルギー原理の意味するところは、単なるフィードバックではないか、と私には思えました。自由エネルギー原理では、知覚は、想定内容(=認識)から予測される感覚を、実際の感覚に近づけるように想定内容を修正することとして、運動は、意図した内容から予測される自己受容感覚に、実際の自己受容感覚を近づけるように筋肉を動かすこととして、理解されるのですが、これは結局、認識や筋肉に対して感覚の目標との差をフィードバックすることを意味していると私は思います。


フリストンが自由エネルギー原理を生命に普遍的な原理だと主張していても、私にはフィードバックが生命に普遍的な原理だという、(フィードバックが普遍的な原理であるのは生命現象に限りませんが)当たり前のことを主張しているように聞こえます。

期待自由エネルギーを「認識論的価値(epistemic value)」プラス「外在的価値(extrinsic value)」と解釈するのはおかしい。

これは北海道大学吉田正俊氏の「自由エネルギー原理入門 改め 自由エネルギー原理の基礎徹底解説」に書かれていて、私も読んでそうだなと思ったことです。なお、期待自由エネルギーというのは未来の時点での自由エネルギーの期待値のことです。この期待自由エネルギーをフリストンは2つの項の和の形に書き、その一方の項を「認識論的価値(epistemic value)」を表していると解釈し、もう一方の項を「外在的価値(extrinsic value)」を表していると解釈しています。これらの意味を私ははっきり分かっていないのですが、前者は知ること自体を価値とするもので、後者は対象が明確になることの自体を価値とするもの、と理解しています。このうち、「認識論的価値(epistemic value)」の項の解釈は明らかに違うと思っています。


これから勉強していて、これらの認識が変っていくのかもしれません。