位相空間(Γ空間)

統計力学においてエントロピーは、微視的状態の数の対数、と定義されます。


と言われてもすぐには納得出来ません。どうしてそう言えるのかについて私は、理想気体の場合の理由付けしか見つけることが出来ませんでした。もっと一般の場合でも、エントロピーを微視的状態の数の対数である、と言える根拠がきっとあるはずですが、まだそれを理解出来ておりません。


ここでは、まず理想気体の微視的状態の数を求めます。

しかしその前に微視的状態の数とは何か、ということをはっきりさせる必要があります。その説明の基礎には位相空間、またの名をΓ空間、という概念がありますので、まずはそれを説明します。


N個の粒子からなる系を考えます。例えば理想気体を考えます。このときNの数は非常に膨大になります。この系の運動状態は、個々の粒子のx,y,zの3つの座標と3つの運動量p_x,p_y,p_zN個の粒子すべてについて書き出したもので表すことが出来ます。つまり6N個の実数で表すことが出来ます。この6N個の実数を6N次元上の点として考えます。この6N次元の空間が「位相空間」と呼ばれるものです。なお、1粒子が作る6次元の空間を「μ空間」と呼び、複数個の粒子から作る6N次元の空間を「Γ空間」と呼びます。

このΓ空間上の1点を指定すれば、全粒子の運動状態が完全に指定されることになります。そして各点はニュートン力学に従ってその位置と運動量を変化させていくので、Γ空間上の点は時間とともに移動することになります。この点が微視的状態を表しています。

今、系が平衡状態になっているとします。すると我々はその系の巨視的状態に関する量(温度や圧力など)を測定することが出来ます。しかし、巨視的状態が平衡状態で、時間とともに変化しないとしても、系の微視的状態は先ほど述べたように刻々と変化しているはずです。ここから多くの微視的状態を巨視的に見ると1つの状態にしか見えないことが分かります。1つの巨視的状態に対応する微視的状態の集合を考えると、それはΓ空間の部分空間になります。最初に述べた統計力学におけるエントロピーの定義に出てくる微視的状態の数というのは、この部分空間の中にある微視的状態の数、ということです。

ところが、微視的状態は点なのでΓ空間上で大きさを持ちません。そうすると、Γ空間上の部分空間の中の点の数というのは無限大になってしまい、数えることが出来ません。これでは困ります。そこで、便宜上、微視的状態の点の1個のまわりの微小な体積を考え、この微小な空間を1つの微視的状態と考え直すことにします。これは不自然な考え方ですが、量子力学を考えると逆に自然な考え方になります。とは言え、統計力学量子力学が建設されるより前の時代に建設されたので、古典力学の論理だけから考えを進めると、やはりここに考え方の飛躍があるように見えます。この飛躍をボルツマンはどのように行ったのか、私は勉強不足で理解しておりません。

こうして微視的状態が体積(Γ空間は6N次元なので、厳密に言えば「超体積」とでもいうべきでしょう)を持つと考えた時、次に問題になるのがその体積をいかに決めるか、ということです。これも量子力学ではプランク定数hを用いてh^{3N}の体積を考えればよいことが分かっていますが、古典力学の論理ではこの値は出てきません。古典力学の論理では微視的状態の体積を任意に決めることが出来ることになります。そうすると、ある巨視的状態を構成する微視的状態の数は微視的状態の体積の決め方によって変化することになるので、このような数え方を基礎とするエントロピーの定義には不安を感じてしまいます。それでも少し安心出来るのは、上に述べたエントロピーの定義では、「微視的状態の数」そのものとして定義しているわけではなく、その対数をエントロピーと定義しているので、微視的状態に対応する空間の大きさの違いは、エントロピーに定数を加える違いとしてしか反映されない、という点です。

一方、「熱力学におけるエントロピー」で定義したエントロピーは、ある基準状態からの差として定義されているので、これも基準の取り方によって値が変わります。ですので、両者の基準をうまく取ることによって、同じ値を得ることが可能になります。


こんな変なことを考えなくても、単純に巨視的状態に対応する部分空間の体積をそのまま使えばよいではないか、とも考えられますが、この数の対数を取りたいので、対数関数\logの中身が無次元の変数であるのが望ましいです。このために、体積ではなく、微視的状態の数を用いています。部分空間の体積を直接使うと、それは3N次元の長さかける3N次元の運動量の次元(つまり、質量×長さ/時間の3N乗)の次元になります。ですので、質量、長さ、時間の単位を何にするかによってこの値が変わってきます。とはいえ、単位の違いによるエントロピーの値の違いは、上で述べたように一定値になります。

ここではΓ空間の部分空間の体積をそのまま使うやり方で、理想気体の(統計力学における)エントロピーを求め、次にそれが熱力学で定義したエントロピーに等しいことを示すことにします。